ザ・阿鼻叫喚 〜タイ編〜
顔は、汗と涙で悲惨な様相を呈していた。鼻からは、真紅の鮮血が止めどなく滴り落ち、大地に赤い地図を描き出していた。冷え切った震える手のひらを胸に当てると、心臓の鼓動がひじにまで伝わってきた。辺りには濃い霧が立ちこめていた。
わたしは髪の毛をかきむしりながら、飢える犬の様にうめいた。
「死だ…そうだ死だ。死んでしまえば…人生はただの夢に過ぎない…起きる。食う。眠る。その繰り返し。耐えられない。死は…死は全てに終止符を打ってくれる…このままただ生という幻にしがみついていて何の意味があろう…苦痛、苦痛、苦痛…ああ!なんて生きることとは苦しいのだろうか!」
わたしは乱暴な手つきで、履いていたプーさん靴下をむしり取ると、キティーちゃん靴下に履き替えた。
「こっちのほうが…かわいい」
わたしは右足の小指と人差し指の間に溜まった粘りけのある灰色の垢を取り、手でこすり合わせ、臭いをかぐために鼻の下に押しつけた。強烈な悪臭が鼻腔を通りわたしの脳に入ってきた。
その瞬間。まさにその瞬間である。わたしは、わたしの人生は間違っていたのだと、はっきりと悟った。そして、両手の拳を天に向かって力強く突き上げると、腹の底からまるで血でもはき出すかの様にして叫んだのである。
「趣味は散歩とひるねです!」
わたしはその場に膝から水分を失った植物の様に崩れ、紫色の唇で濡れた大地に接吻をした。
その時のわたしは、もう、人間ではなく、ただの肉塊になり果てていた。
〜完〜
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