烏賊の自殺
きのう夢を見ました。なんとなく奇妙な夢でした。
夢の中でわたしは20人ほどのの偉そうな格好をした老人達と一つの大きなテーブルを囲み、食事をしていました。まずわたしに出された食事がとうふパンです。ところが、そのとうふパン、いくら力を入れて噛んでも噛み切れない。とにかく固い固いとうふパンでした。
混乱したわたしは周りを見てみました。まわりの老人をみると、みんないとも簡単にとうふパンをかみ切っている。隣に座っていた豊かにヒゲを蓄えた老人に聞いてみました。
「なんでそんなに簡単に噛み切れるんですか?」
「うむ。」
老人は口の中にあったとうふパンをゆっくり飲み込むと、わたしのほうを向き厳かに言った。
「それはおぬしの心が濁っておるからじゃ。澄んだ心の持ち主ならいともなくかみ切ることができるのじゃ。」
「えぇ、じゃあ、わたしの心は濁っていると言うことですか。」
「そうじゃ。おぬしは人の心を傷つけることを何とも思わないじゃろう。」
「い、いや、そんなこと無いですけど・・・」
「ほら、早速ウソを付いたな。今の言葉はウソじゃ。目を見れば分かるのじゃ。」
「えっ・・・」
「とにかく今はとうふパンを諦めるのじゃ。」
「じゃあ、わたしは今は何も食べられないと言うことですか。」
「いや、濁った心の人間には濁った心用の食事があるのじゃ。ほれコレなんかどうじゃ。」
老人は懐から見慣れた包みを取り出しました。
「こ、これはマックのてりやきバーガーじゃないですか。」
「そうじゃ。濁った心の人間には、てりやきバーガーなのじゃ。」
「わたしは、ダブルチーズバーガーのほうがいいんですけど。」
老人は一瞬顔をしかめ、強い調子で言いました。
「なんて贅沢なことを言うんじゃ。ダブルチーズバーガーなんてわしでも手に届かないのに。贅沢にもほどがあるわい。」
「ダ、ダブルチーズバーガーってそんなスゴイものだったんですか。」
「当然じゃ。とりあえず今は、てりやきバーガーでガマンするのじゃ。」
わたしはてりやきバーガーを平らげると、老人に聞いてみました。
「あの、一番レベルが高いというか、一番心が澄んだ人が食えるのってなんなんですか。」
「うむ、いい質問じゃ。まずは、てりやきバーガーから入る。これはだれでも食べることが出来るんじゃ。つぎにいちご大福。これをクリアすると次にとうふパンじゃ。そしてチーズバーガー、その次がダブルチーズバーガーになる。このあと、数段階あるんじゃが、まぁ、省略して、一番最後はだな、スポニチじゃ。」
わたしは一瞬自分の耳を疑いました。
「スポニチって。スポーツ新聞のスポニチですか。」
「そうじゃ。スポーツ新聞のスポニチじゃ。」
「それって食い物じゃないっすよ。食えないじゃないですか。」
「甘い。甘すぎる。そんな考え方が甘いんじゃ。そんなやましい心をもっているから、てりやきバーガーなのじゃ。スポニチのレベルまで行くとな、食う必要なんか無くなってな、スポニチを眺めるだけでお腹いっぱいになるのじゃ。わしなんかまだまだの境地じゃがな。まぁ、一生かかって、すべてを捧げて、やっと到達できる、そんな境地じゃな。」
「そんなもんなんですか。」
「そんなもんなんじゃ。」
「そうですか。」
「そうじゃ。」
隣の老人はテーブルの中央にあった爪楊枝を取ると、歯の間をつつき始めましたた。ほかの老人達も次々に爪楊枝をとり、シーシーし始めました。うるさいと思って聞かないようにしていましたが、次第にシーシーはただでたらめにシーシーしているだけではなく、きちんとリズムとメロディーがあるということに気がつきました。良く聞いているとそれはバッハの名曲、ゴルドベルク変奏曲であるということに気がつきました。
「もしかして、これはゴルトベルク変奏曲じゃないですか。」
わたしは隣の老人に聞きました。老人は答えませんでした。やがて変奏曲のアリアの部分が終わると、老人達はおもむろに立ち上がりました。
「これでPTAの会長もニンマリですな。」
「そうじゃな。ニンマリじゃ。」
「うむ。」
そういうと老人達は去っていきました。テーブルには食いかけのとうふパンが二、三切れ残っていました。
おわり