デンジャラスシティー
 桜が散りはじめた4月中旬のある日、ぼくは学校の帰り、渋谷に立ち寄った。熊本の母親が送ってくれた東京ガイドを手にしながら、渋谷駅を降りた。東急ハンズの前にきたところで、サングラスを掛けた、背の高いがっちりした男に呼び止められた。
「おにーさん、じゃがいも食いたいか?」
 突然のことだったが、ぼくは平静を装って答えた。東京は怖いところだから気をつけるんだよ、という母が繰り返し言っていた言葉を思い出した。
「いえ、けっこうです。」
 男はぼくを説得するように言った。
「そんな、遠慮するなって。」
「いえ、ほんとにけっこうですから」
「ほんとに遠慮はいらないから。」
「いや、だからいりません。」
 男は次第にぼくとの距離を縮め、語気を荒げて言った。
「だから、じゃがいも食いたいか聞いてるんだって。」
「だから、いらないっていってるじゃないですか。」
「いやいやいや。だからぁ、じゃがいもを食いたいか、聞いてるんだよ、オレは」
 ぼくは再び答えた。
「だから、いらないっていってるじゃないですか。」
「オレはじゃがいも食いたいか聞いてるんだよぉ、コラァ。」
 男はさらに語気を荒げ、周囲の人が振り向くほどの声量で言った。
「いや、あのぉ・・・」
「食いたいか?じゃがいも。」
「あのぉ・・・」
「ハッキリいっちまえよ、コラァ。食いたいか?食いたいんだろ?」
 ぼくのヒザはがくがく震えていた。今にもその場に座り込みそうなほどだった。
「じゃあ・・・、食べたいです。」
 男はズボンのポケットに手を突っ込みながら、顔と顔が付かんばかりの距離で言った。
「じゃあ、だぁ?なにが、じゃあ、なんだよ、アァ?」
「ぜ、ぜひぜひ、じゃがいもを食べさせてください。お、おねがいします。」
 男はヒゲの生えたアゴをさすりながら、満足そうに言った。
「そうか。そうきたか。」
「はい、じゃがいもが食べたいです。ぼくはジャガイモが食べたい。」
 男は安堵の表情を見せると、言った。
「よし。それじゃぁ、これから掘りに行くぞ。そこのバスに乗れ。」
「え?」
 男の指さした先にはバスがあった。バスには30人ほどの男がうなだれて座っていた。バスには「栃木いもほりツアー」と書かれてあった。
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